COLUMN

2020.06.24

コロナ×教育 家族心理ジャーナリスト・カウンセラー/母娘・家族問題研究家  麻生マリ子

最長で3カ月にも及んだ休校期間から、段階的に学校再開がなされていくなか、子育て家庭から学校再開へ向けた不安として「休校期間中、親子ともに生活リズムが乱れてしまい、朝、なかなか起きることができない」「心身ともに学校生活へ適応できるだろうか」「どう生活のリズムを戻せばよいか」といった声が多く聞かれています。
また休校期間中には、外出自粛もあり、子どもが体力を持て余して、家のなかでイライラしているという悩みも聞かれていました。新型コロナウィルス感染拡大の状況はいまだ予断を許さず、当分は保護者の就労を含め、外出は控えざるを得ない期間が続くでしょう。
一般社団法人体力メンテナンス協会の代表理事・上野玲奈氏へ、親子の体力という観点から、休校明けの子育て家庭へ向けたアドバイスを聞きました。

 長期に渡った臨時休校、また緊急事態宣言こそ解除されたとはいえ、当面は外出も従前よりは控えざるを得ない現状。保護者も子どもも「産後とおなじ状態になってしまっている」と指摘するのは、生きる力の源となる“真の体力”をつけ、心身ともに豊かな日々を提唱する、一般社団法人体力メンテナンス協会の代表理事・上野玲奈氏です。

 どういうことなのでしょうか。上野氏は自身が産後の不調に陥ったことをきっかけに、エクササイズ、解剖学、運動生理学、心理学などの様々なことを学び、1万人以上の産後ケア女性へのケアへ取り組んできた経験から、自律神経やホルモンバランスの乱れによる不安やイライラなどと、それに対するアプローチとして有酸素運動の必要性、“身体を正しく疲れさせる”ことの重要性を説きます。

「新型コロナウィルス感染拡大以前には、普段の生活のなかで、通勤で駅まで歩く、子どもの習い事の送迎、買い物といったことでも、保護者のかた、お母さんがたには、実はごく自然に有酸素運動になっていたのですね。
ところが、新型コロナウィルス感染拡大の影響によって、長期の臨時休校となり、習い事も休止が相次ぎました。仕事も休職となったり在宅勤務となったり、また外出自粛下で、親子ともに、日常生活のなかで有酸素運動をする機会が激減したのです。
有酸素運動の機会がないと、自律神経やホルモンバランスの乱れが起きます。親子ともに身体を動かすことが減り、身体が十分に疲れていないのに、神経ばかりが疲れてしまう。それで産後と同様、自律神経やホルモンバランスが崩れイライラしたり不安が増したり、ありもしないネガティブな想像にとりつかれ疑心暗鬼になってしまったり。きちんとしなければ、という思いから、子どもや夫を管理しようとしてしまったり……」

 自律神経には(1)活動時に優位に働く交感神経と(2)休息したりリラックスしたりといったときに優位となる副交感神経とのふたつがあります。交感神経と副交感神経とが、交互に優位になること、その均衡で、私たちの心身の健康的なバランスは保たれています。

 夜、眠りたいのに寝付けない。疲れてヘトヘトなのに、目が冴えて布団のなかで悶々と過ごす——多かれ少なかれ、誰もが経験したことがあるのではないでしょうか。これは就寝時に交感神経が興奮したままで、副交感神経が優位にならないことが原因です。

 上野氏は、この交互に働く交感神経・副交感神経を「シーソーの動き」にたとえます。
「自律神経は、シーソーのように、パタン、パタンと、交互に上になって下になって……というように働きます。その切り替えがスムーズにいくこと、シーソーの切り替えのバランスがとれていることが、いわゆる自律神経が整った状態なのですね。
ところが休校や外出自粛下で有酸素運動ができずにいると、シーソーの根元が錆びついた状態になってしまうのです」

 根元の錆びついたシーソー。想像してみると、シーソーのスムーズな動きが阻害されることはもちろん、どんなに無理やり力を加えて動かそうとしてもびくともしないでしょう。強引に動かそうとすれば壊れすらしかねません。

「現代人はビジネスパーソン、働く親御さんも含め、身体が正しく疲れておらず、頭ばかりを使っていることが多いんです。神経や脳を過剰に働かせてばかりいて、身体の疲れよりも頭の疲れが過多となってしまっているのですね。
心身の健康を保ためには、身体を正しく疲れさせることが必要なんです」

 身体を正しく、十分に疲れさせることによる効果は、以下のようなものが挙げられます。
・自律神経やホルモンバランスが整う
・良好な睡眠がとれる
・姿勢や呼吸が整う
・やる気や気力がアップする
・心が安定する
・子どもであれば、成長ホルモンが分泌される
・真の体力がつき、心身のエネルギーが生まれる

 有酸素運動を行う習慣のある人は、身体を使うことと休めることとのバランスがとれているものだといいます。
「そうすると運動中に働かせている交感神経が、運動をやめると同時にオフとなり、副交感神経が優位になって休むこと、リラックスしたりよく眠れたりすることができるのです」

 また「交感神経ばかりを優位にし続け頑張り続ける、ということはできはします。
しかし、そうすると頑張り続けてきた人が、ある日、突然頑張れないという状態に陥ってしまう危険性があるのです」。活力溢れる人が、あるときうつ病になってしまうといったことです。

 また人間の体力は消費しなければ、生産されなくなっていくのだといいます。

 産後には「明日は予防接種に行かなきゃいけないから、今日は休んでおこう」などと体力を温存しようとしがちですが、上野氏によると、実はそれは誤り。
 体力は需要と供給と同様、消費量に合わせて生産されるのだそうです。そのため「明日に備えて今日は休もうなどと、体力をケチっていると、その消費量に合わせたぶんしかエネルギーが生産されないようになっていきます。つまり体力の総量、体力そのものが低下してくいっぽうなのです。一日の体力をしっかり使い切って眠ることが望ましいんですね」と語ります。

 新型コロナウィルス感染拡大下で、街がストップしたり活動が低下したのと同時に、人間の身体エネルギーの生産もストップしたり低下したりということが起きているのです。

 さらに「子どもの学校があることによって、保護者のかたにも、生活の規律、規則正しい生活リズムがありましたが、終わりの見えない休校中は、親も休まらず、終わりのないドリルを延々と解かされ続けているようなものだったと思います。
また惰性のような生活では、実は意外と脳も使えていません。近所を散歩するだけでも、風景を目にすることで視覚へ、風や車の音、鳥のさえずりなど聴覚へと、脳への刺激があるため、脳を使います。
産後、少しでも外に出たり、人と話したり、社会から隔離されたような気持ちのなかで世のなかの動きにちょっと触れたりするだけで、気持ちが明るくなることがありましたよね。それとおなじです」

 全国で学校の段階的な再開の動きがなされるなか、親子ともに子どもの生活リズムを整えるためには、どうすればよいのでしょうか。

「親は子どもの生活リズムを整えるために、朝、早く起こそうとしがちですが、まずは、夜、ぐっすり眠れること。夜のほうから整えることですね。
寝る前に屋内でできる有酸素運動をすることが望ましいのですが、学校が再開されるにつれ、子どもは徐々に外で体力を使い、身体を疲れさせてくるでしょう。
そう慌てずとも、まず一度、夜、ぐっすり眠れるようにすれば、子どもはそのリズムがついていくはずですよ」

 また多くの産後の女性から「出産前に戻りたい」という声が聞かれるそうです。妊娠・出産を経た身体の変化、家族が増えたことで、夫婦ふたりだったときとは夫との関係性が変わってしまった、“子どもの母親”としか見てもらえない、“子どもの父親”としか見ることができない——元に戻りたい。

 しかし上野氏は「“戻る”のではなく、ここから“あたらしい私”を築いていきましょう、とお伝えしています」といいます。
 往々にして“戻りたい”時点の記憶は、美化されてしまっているものでもあります。“変化”への戸惑いや恐れ、ネガティブに捉えてしまう気持ちに寄り添った上で、上野氏は「戻る」のではなく、“変化”をよき機として“あたらしい私”へとアップデートしていくことを提唱しています。

 コロナ疲れを訴える声、「元の暮らしに戻りたい」「元の日常生活に戻りたい」という悲痛な声が、非常に多く聞かれるいま。
 突如、不本意に迫られた“変化”に戸惑いや不安、理不尽な思いも尽きぬことではあるでしょう。
 しかし上野氏は、産後と同様に「“元に戻りたい”よりも、ここから“あたらしい私”を構築していく。社会の仕組みが根底から変わったことなども、そういうものだと捉え、自分の軸を保つ。身体が変われば意識が変わります。人の目を気にしすぎたり、人の意見に惑わされたりすることがなくなります。そして社会に合わせるところは合わせて生きていくのです。
お母さんがポジティブな変化を遂げれば、子どもや夫、家族、そして社会へも波及していきます。あたらしい私に出会って、あたらしい世界を楽しんで生きましょう」

家族心理ジャーナリスト・カウンセラー/母娘・家族問題研究家 
麻生マリ子
http://asomariko.net/